のままで、梶の前に立った。
「君は、スポーツマンか?」と僕が言った。
 誰かが、よせよせと言った。
 梶は脱ぎかけたシャツをまた着直して、
「やる気か、おい。」と顎《あご》をしゃっくて、白い歯を出して笑った。
 その顔を、ぴしゃんと殴ってやった。
「スポーツマンだったら、恥ずかしく思え!」と言ってやった。
 梶は、どんと床板を蹴《け》って、
「チキショッ!」と言って泣き出した。
 実に案外であった。意気地の無い奴《やつ》なんだ。僕は、さっさと流し場へ行って、からだを洗った。
 まっぱだかで喧嘩《けんか》をするなんて、あまりほめた事ではない。もうスポーツが、いやになった。健全な肉体に健全な精神が宿るという諺《ことわざ》があるけれど、あれには、ギリシャ原文では、健全な肉体に健全な精神が宿ったならば! という願望と歎息《たんそく》の意味が含まれているのだそうだ。兄さんがいつかそう言っていた。健全な肉体に、健全な精神が宿っていたならば、それは、どんなに見事なものだろう、けれども現実は、なかなかそんなにうまく行かないからなあ、というような意味らしい。梶だって、ずいぶん堂々たる体格をしているが、全
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