さび》しさ、たまらない。空虚だ。人間は、もっと真面目《まじめ》に生きなければならぬものである。男子は、人に可愛がられようと思ったりしては、いけない。男子は、人に「尊敬」されるように、努力すべきものである。このごろ、僕の表情は、異様に深刻らしい。深刻すぎて、とうとう昨夜、兄さんから忠告を受けた。
「進《すすむ》は、ばかに重厚になったじゃないか。急に老《ふ》けたね。」と晩ごはんのあとで、兄さんが笑いながら言った。僕は、深く考えてから、答えた。
「むずかしい人生問題が、たくさんあるんだ。僕は、これから戦って行くんです。たとえば、学校の試験制度などに就いて、――」
と言いかけたら、兄さんは噴き出した。
「わかったよ。でも、そんなに毎日、怖い顔をして力《りき》んでいなくてもいいじゃないか。このごろ少し痩《や》せたようだぜ。あとで、マタイの六章を読んであげよう。」
いい兄さんなのだ。帝大の英文科に、四年前にはいったのだけれども、まだ卒業しない。いちど落第したわけなんだが、兄さんは平気だ。頭が悪くて落第したんじゃないから、決して兄さんの恥辱ではないと僕も思う。兄さんは、正義の心から落第したのだ。
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