た。通知の来るのは、あすか、あさっての事だろうと思っていたのだが、やっぱり幸福は意地悪く、思いがけない時にばかりやって来る。
七月五日、午前十時より神楽坂《かぐらざか》、春秋座演技道場にて第一次考査を施行する。第一次考査は、脚本朗読、筆記試験、口頭試問、簡単な体操。脚本朗読は、一つは何にても可、受験者の好むところの脚本を試験場に持参の上、自由に朗読せられたし。但《ただ》し、この朗読時間は、五分以内。他に当方より一つ、朗読すべき脚本を試験場に於《おい》て呈示する。筆記試験には、なるべく鉛筆を用いられたし。体操に支障無きようパンツ、シャツの用意を忘れぬ事。弁当は持参に及ばず。当道場に於て粗飯を呈す。当日は、午前十時、十分前に演技道場控室に参集の事。
相変らず、簡明である。第一次考査と書いてあるが、それでは、この試験に合格してもまだ第二次、第三次と考査が続くのであろうか。ずいぶん慎重だ。けれども、俳優として適、不適を決定するのには、これくらいの大事をとるのが本当かも知れない。会社や銀行へ就職する場合とは違うのだ。無責任な審査をして出鱈目《でたらめ》に採用しても、その採用された当人が、もし
前へ
次へ
全232ページ中195ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング