子である。十二弟子さえ、たべものが無くなると、すぐ不安になって、こそこそ相談し合っている。心の優しいキリストも、ついには弟子達を叱《しか》って、「ああ信仰うすき者よ、何《なん》ぞパン無きことを語り合うか。未《いま》だ悟らぬか。五つのパンを五千人に分ちて、その余《あまり》を幾筐《いくかご》ひろい、また七つのパンを四千人《しせんにん》に分ちて、その余《あまり》を幾籃《いくかご》ひろいしかを覚えぬか。我が言いしはパンの事にあらぬを何《なん》ぞ悟らざる。」と、つくづく嘆息をもらしているのだ。どんなに、キリストは、淋《さび》しかったろう。けれども、致しかたが無いのだ。民衆は、そのように、ケチなものだ。自分の明日のくらしの事ばかり考えている。
寺内師の講義を聞きながら、いろんな事を考え、ふと、電光の如《ごと》く、胸中にひらめくものを感じた。ああ、そうだ。人間には、はじめから理想なんて、ないんだ。あってもそれは、日常生活に即した理想だ。生活を離れた理想は、――ああ、それは、十字架へ行く路《みち》なんだ。そうして、それは神の子の路である。僕は民衆のひとりに過ぎない。たべものの事ばかり気にしている。僕
前へ
次へ
全232ページ中179ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング