れども、そんな音楽は、世界中を捜してもないだろう。
床屋から帰って、それから、兄さんにすすめられて科白《せりふ》の練習を少しやってみた。桜の園のロパーヒン。
兄さんに、いろいろ注意された。自分の声をそのまま出して自然に言う事。もっとおなかに力をいれて、ハッキリ言う事。あまり、からだを動かさない事。いちいち顎《あご》をひかない事。口辺の筋肉を、もっとやわらかに。これは手痛かった。口を、ヘの字に曲げようと努力しすぎたのだ。
「お前は、サシスセソが、うまく言えないようだね。」これも手痛かった。自分でも、それは薄々感じていたのだ。舌が長すぎるのだろうか。
「妄言《ぼうげん》多謝だ。」兄さんは笑って、「お前は、僕なんかに較《くら》べると問題にならないほど、うまいんだ。でも、あしたは本職の役者の前でやるのだから、ちょっと今夜は酷評して緊褌《きんこん》一番をうながしてみたんだがね。なに、上出来だよ。」
僕は、だめかも知れない。思いは千々《ちぢ》に乱れるばかりだ。どうも日記の文章が、いつもと違っているようだ。たしかに気持も、いや気持がちがうというのは、気違いの事だ。まさか、気違いではなかろうが、
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