書かれていた。
 僕が降りようとしたら斎藤氏は、
「君は、――どこで降りる?」と言ったので、それでは、この自動車を拝借してこのまま乗って行ってもいいのかしらと思って、
「麹町です。」と恐縮して言った。
「麹町。」斎藤氏は、ちょっと考えて、「遠い。」と言った。これぁ駄目《だめ》だと思ったので僕は、さっさと降りた。
 もっと近いところだったら、貸してくれそうな様子だったのだが、とにかく、ちゃっかりしたおじいさんである。
「どうも失礼いたしました。」と僕が大きい声で言って叮嚀《ていねい》にお辞儀をしても、斎藤氏は振り向きもせず、すたすた門の中へはいって行った。じっさい、たいしたものだった。
 市電に乗って、まっすぐに家へ帰った。兄さんが、待ち構えていて、きょうの首尾を根ほり葉ほり尋ねた。
「聞きしにまさる傑物だねえ。」と兄さんも苦笑していた。
「どうかしているんだよ、きっと。」と僕が言ったら、
「いや、そうじゃない。とても、しっかりしている。世界的な文豪を以《もっ》て任じている人は、それくらいのところが無くちゃいけない。」兄さんは、やっぱり、少し甘いようだ。「しかしお前も、よくねばったものだ
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