まった。
「そうしよう。」兄さんも興覚め顔である。
それからは、あまり話もはずまなかった。
その店から出た頃は、もう日も暮れていた。兄さんは、すぐちかくの鈴岡さんの家へちょっと寄って行こうと言うのだが、僕は、明日すぐ斎藤氏を訪れてみるつもりなんだから、斎藤氏に試問されてもまごつかないように、きょうは早く家へ帰って、演劇の本をあれこれ読んで置きたかったので、結局は兄さんひとり、下谷の家へ行く事になって、僕は広小路《ひろこうじ》でわかれて麹町へ帰った。
今は、夜の十時である。兄さんは、まだ帰らない。下谷で鈴岡さんと飲んでいるのかも知れない。兄さんも、この頃は、すっかり酒飲みになってしまった。小説もあまり書かない。けれども、僕は兄さんをあくまでも信じている。いまに、きっと素晴らしい傑作を書くだろう。とにかく、ただものでないんだから。
さっきから僕は、斎藤氏の自叙伝「芝居街道五十年」を机の上にひろげているのだが、一ペエジもすすまない。いろんな空想で、ただ胸が、わくわくしているのである。へんに、不愉快なほどの緊張だ。これから、いよいよ現実生活との取っ組合いがはじまるのだ。男一匹が、雄々し
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