いやなんだ。とても、だめなんだ。自活したいなあ」
「学校っていやなところさ。だけど、いやだいやだと思いながら通《かよ》うところに、学生生活の尊さがあるんじゃないのかね。パラドックスみたいだけど、学校は憎まれるための存在なんだ。僕だって、学校は大きらいなんだけど、でも、中学校だけでよそうとは思わなかったがなあ。」
「そうですね。」
ひとたまりも無かったのである。ああ、人生は単調だ!
五月一七日。月曜日。
晴れ。また蹴球をはじめている。きょうは、二中と試合をした。僕は前半に二点、後半に一点をいれた。結局、三対三。試合の帰りに、先輩と目黒でビイルを飲んだ。
自分が低能のような気がして来た。
五月三十日。日曜日。
晴れ。日曜なのに、心が暗い。春も過ぎて行く。朝、木村から電話。横浜に行かぬかというのだ。ことわる。午後、神田《かんだ》に行き、受験参考書を全部そろえた。夏休みまでに代数研究(上・下)をやってしまって、夏休みには、平面幾何の総復習をしよう。夜は、本棚《ほんだな》の整理をした。
暗澹《あんたん》。沈鬱《ちんうつ》。われ山にむかいて目をあぐ。わが扶助《たすけ》はいずこよりきたるや。
六月三日。木曜日。
晴れ。本当は、きょうから六日間、四年生の修学旅行なのだが、旅館でみんな一緒に雑魚寝《ざこね》をしたり、名所をぞろぞろ列をつくって見物したりするのが、とても厭《いや》なので、不参。
六日間、小説を読んで暮すつもりだ。きょうから漱石の「明暗」を読みはじめている。暗い、暗い小説だ。この暗さは、東京で生れて東京で育った者にだけ、わかるのだ。どうにもならぬ地獄だ。クラスの奴らは、いまごろ、夜汽車の中で、ぐっすり眠っているだろう。無邪気なものだ。
勇者は独り立つ時、最も強し。――(シルレル、だったかな?)
六月十三日。日曜日。
曇。蹴球部の先輩、大沢殿と松村殿がのこのこやって来た。接待するのが、馬鹿らしくてたまらない。蹴球部の夏休みの合宿が、お流れになりそうだ、大事件だ、と言って興奮している。僕は、ことしの夏休みは合宿に加わらないつもりだったから、かえって好都合なのだが、大沢、松村の両先輩にとっては、楽しみが一つ減ったわけだから、不平満々だ。梶《かじ》キャプテンが会計のヘマを演じて、合宿の費用を学校から取れなくなってしまったのだそうだ。松村殿
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