さんにも、ごちそうしてやった。僕は本当に、平気なのに、兄さんは、ひそかに気をもんでいるようだ。何かと試験の模様を聞きたがるのだが、こんどは僕が、神の国は何に似たるか、などと逆に問い返したりなどして、過ぎ去った試験の事は少しも語りたくなかった。
夜は日記。これが最後の日記になるかも知れぬ。なぜだか、そんな気がする。寝よう。
七月六日。木曜日。
曇り。けさは、眠くて、どうしても起きられず、学校を休む。
午後二時、春秋座より速達あり。「健康診断を致しますから、八日正午、左記の病院に此《こ》の状持参にておいで下さい。」とあって、虎《とら》の門《もん》の或る病院の名が書かれていた。
所謂《いわゆる》、第二次考査の通知である。兄さんは、もう之《これ》で合格したも同然だ、と言って全く安心しているが、僕には、そうは思われなかった。病院に行ってみると、きのうの受験生が、また全部集っているような気さえする。もういちど、はじめから戦い直してもいいくらいの英気を、たっぷりと養って置きたい。さいわい、からだは、どこも悪くない筈だけど。
夜は、ひとりでレコードを聞いて過す。モーツァルトのフリュウト・コンチェルトに眼を細める。
七月八日。土曜日。
晴れ。虎の門の竹川病院に行って、いま帰って来たところ。暑い、暑い。ごめんこうむって、パンツ一枚の姿で日記をつける。病院へ行ってみたら、たった二人だ。僕と、それから髪をおかっぱにした、一見するに十四、五の坊やと、それっきりだ。あとの人は、みんな駄目《だめ》だったらしい。すごい厳選だったのだ。ひやりとした。
三人のお医者が交《かわ》る交《がわ》る、僕たちのからだの隅々《すみずみ》まで調べた。峻烈《しゅんれつ》を極めた診察で、少々まいった。レントゲンにかけられ、血液も尿もとられた。坊やは、トラホームを見つけられ泣きべそを掻《か》いた。でも、一週間も治療したらなおるくらいの軽いものだと聞かされて、すぐ、にこにこした。坊やの顔は、そんなに可愛《かわい》くはないが、気味の悪いような個性がある。ひどく長い顔だ。案外、天才的な才能を持っているのかも知れない。僕たちは三時間ちかく調べられた。
春秋座から事務員のような人がひとり来ていた。帰りは三人、一緒だった。
「よかったですね。」とその事務員が言った。「はじめの願書は、樺太《からふと》、新京
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