の方へ
向いて降りる、永遠《とわ》の光を先《ま》ず浴びるのだ。
今アルピの緑に窪《くぼ》んだ牧場に、
新しい光や、あざやかさが贈られる。
そしてそれが一段一段と行き渡る。
日が出た。惜しい事には己はすぐ羞明《まぶ》しがって
背を向ける。沁《し》み渡る目の痛《いたみ》を覚えて。
あこがれる志が、信頼して、努力して、
最高の願の所へ到着したとき、成就《じょうじゅ》の扉《とびら》の
開《あ》いているのを見た時は、こんなものだな。
その時その永遠なる底の深みから、強過ぎる、
焔《ほのお》が迸《ほとばし》り出るので、己達は驚いて立ち止まる。
己達は命の松明《たいまつ》に火を点《とも》そうと思ったのだが、
身は火の海に呑《の》まれた。
なんと云う火だ!
この燃え立って取り巻くのは、愛《あい》か、憎《にくみ》か。
喜《よろこび》と悩《なやみ》とにおそろしく交《かわ》る交《がわ》る襲われて、
穉《おさな》かった昔の羅衣《うすもの》に身を包もうとして、
又目を下界に向けるようになるのだ。
好《い》いから日は己の背後の方に居《お》れ。
己はあの岩の裂目《さけめ》から落ちて来る滝を、
次第に面白がって見ている。
一段又一段と落ちて来て、千の流《ながれ》になり
万の流になり、飛沫《とばしり》を
高く空中にあげている。
併《しか》しこの荒々しい水のすさびに根ざして、
七色の虹《にじ》の、
常なき姿が、まあ、美しく空に横《よこた》わっていること。
はっきりとしているかと思えば、すぐ又空に散って、
匂《におい》ある涼しい戦《そよぎ》をあたりに漲《みなぎ》らせている。
此の虹が、人間の努力の影だ。
あれを見て考えたら、前よりは好《よ》くわかるだろう。
人生は、彩《いろど》られた影の上にある!
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「うまい!」横沢氏は無邪気に褒《ほ》めてくれた。「満点だ。二、三日中に通知する。」
「筆記試験は無いのですか?」へんに拍子抜けがして、僕は尋ねた。
「生意気言うな!」末席の小柄《こがら》の俳優、伊勢良一《いせりょういち》らしい人が、矢庭《やにわ》に怒鳴った。「君は僕たちを軽蔑《けいべつ》しに来たのか?」
「いいえ、」僕は胆《きも》をつぶした。「だって、筆記試験も、――」しどろもどろになった。
「筆記試験は、」少し顔を蒼《あお》くして、上杉氏が答えた。「時間の都合で、しないのです。
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