まいますよ。」
 療養所のすじむかいに小さい射的場があって、その店の奥で娘さんが顔を赤くして笑っている。ツネちゃんという娘だ。はたちくらいで、母親は無く、父親は療養所の小使いをしている。大柄な色の白い子で、のんきそうにいつも笑って、この東北の女みたいに意地悪く、男にへんに警戒するような様子もなく、伊豆の女はたいていそうらしいけれど、やっぱり、南国の女はいいね、いや、それは余談だが、とにかくツネちゃんは、療養所の兵隊たちの人気者で、その頃、関西弁の若い色男の兵隊がツネちゃんをどうしたのこうしたのという評判があって、僕もさすがにムシャクシャしていた。いや、君のようにそう言ってしまえばおしまいだけど、べつに僕はその時ツネちゃんの事を考えて、日でり雨を浴びて門の傍に佇《たたず》んでいた、というわけでもないんだよ。いや、そうかも知れない。幽《かす》かに射的場のほうを意識して、僕は紫陽花を眺めたりしてポオズをつけていたのかも知れない。しかし、僕はまさか、ツネちゃんに恋いこがれて、ツネちゃんの射的場へ行こうかどうしようかと、門のところで思い迷っていたというわけでは決してない。だいいち君、僕たちはもう
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