、戦地の宿酔《ふつかよい》にちがいないのだ。僕は戦地に於いて、敵兵を傷つけた。しかし、僕は、やはり自己喪失をしていたのであろうか、それに就いての反省は無かった。戦争を否定する気は起らなかった。けれども、殺戮《さつりく》の宿酔を内地まで持って来て、わずかにその片鱗《へんりん》をあらわしかけた時、それがどんなに悪質のものであったか、イヤになるほどはっきり知らされた。妙なものだよ。やはり、内地では生活の密度が濃いからであろうか。日本人というのは、外国へ行くと足が浮いて、その生活が空転するという宿命を持っているのであろうか。内地にいる時と、外地にいる時と、自分ながら、まるでもう人が違っているような気がして、われとわが股《もも》を抓《つね》ってみたくなるような思いだ。
慶四郎君の告白の終りかけた時、細君がお銚子《ちょうし》のおかわりを持って来て無言で私たちに一ぱいずつお酌をして静かに立ち去る。そのうしろ姿をぼんやり見送り、私は愕然《がくぜん》とした。片足をひきずり気味にして歩いている。
「ツネちゃんじゃないか。」
その細君は、津軽|訛《なま》りの無い純粋の東京言葉を遣《つか》っていた。酔い
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