く、馬鹿な夫婦だと思って、呆《あき》れた。
 それから三日目だったか、わが天才女史は絵具箱をひっさげて、僕の陋屋に出現した。菜葉服《なっぱふく》のような粗末な洋服を着ている。気味わるいほど頬がこけて、眼が異様に大きくなっていた。けれども、謂《い》わば、一流の貴婦人の品位は、犯しがたかった。
「おあがりなさい。」僕はことさらに乱暴な口をきいた。「どこへ行っていたのですか。草田さんがとても心配していましたよ。」
「あなたは、芸術家ですか。」玄関のたたきにつっ立ったまま、そっぽを向いてそう呟《つぶや》いた。れいの冷い、高慢な口調である。
「何を言っているのです。きざな事を言ってはいけません。草田さんも閉口していましたよ。玻璃子ちゃんのいるのをお忘れですか?」
「アパートを捜しているのですけど、」夫人は、僕の言葉を全然黙殺している。「このへんにありませんか。」
「奥さん、どうかしていますね。もの笑いの種ですよ。およしになって下さい。」
「ひとりで仕事をしたいのです。」夫人は、ちっとも悪びれない。「家を一軒借りても、いいんですけど。」
「薬がききすぎたと、草田さんも後悔していましたよ。二十世紀に
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