いじゃないですか。僕の女房だって、僕があんまりお酒を飲みすぎると、里へ行って一晩泊って来る事がありますよ。」
「それとこれとは違います。静子は芸術家として自由な生活をしたいんだそうです。お金をたくさん持って出ました。」
「たくさん?」
「ちょっと多いんです。」
 草田氏くらいのお金持が、ちょっと多い、というくらいだから、五千円、あるいは一万円くらいかも知れないと僕は思った。
「それは、いけませんね。」はじめて少し興味を覚えた。貧乏人は、お金の話には無関心でおれない。
「静子はあなたの小説を、いつも読んでいましたから、きっとあなたのお家へお邪魔にあがっているんじゃないかと、――」
「冗談じゃない。僕は、――」敵です、と言おうと思ったのだが、いつもにこにこ笑っている草田氏が、きょうばかりは蒼《あお》くなってしょげ返っているその様子を目前に見て、ちょっと言い出しかねた。
 吉祥寺の駅の前でわかれたが、わかれる時に僕は苦笑しながら尋ねた。
「いったい、どんな画をかくんです?」
「変っています。本当に天才みたいなところもあるんです。」意外の答であった。
「へえ。」僕は二の句が継げなかった。つくづ
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