たしかに、いたのだ。たしかに。まだ、いるかも知れない。」
家内は、私が、畳のきしむほどに、烈しく震え出したのを見て、かえって自分のほうは落ちつきを得た様子で、くすくす無理に笑い出し、
「かえりましたよ。あたし知っている。あなたが、ばかッと、どろぼうを大声でお叱りになったでしょう? あのとき、あたし眼をさましたの。耳をすまして、あなたのお話を聞いていると、どうも相手は、どろぼうらしいのでしょう? あたし、だめだ、と思ったの。死んだようになって、俯伏《うつぶせ》のままじっとしていたら、どろぼうの足音が、のしのし聞えて、部屋から出て行くらしいので、ほっとしたの。可笑《おか》しなどろぼうね。ちゃんと雨戸まで、しめて行ったのね。がたぴし、あの雨戸をしめるのに、苦労していたらしいわ。」
見ると、なるほど、雨戸はちゃんとしめてある。すると、私は、誰もいない真暗い部屋で、ひとりでいい気になって、ながながと説教していたものとみえる。ばかげている。どろぼうが、すぐにこそこそ立ち去ったのも、そうして、ごていねいに、雨戸までしめていって呉れたのも、ちっとも気づかず、夢中で独《ひと》りわめいていたものらしい
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