ります、と言って、それから、万年筆の数にも限りがあり、皆さん全部に、おわけすることもできず、先着順に、おしるしだけ金十銭也をいただいて、と急いで言い続けなければいけないところを、無代進呈するつもりであります、と言い切って、ふと客のほうを見ると、ひとり刑事らしい赤らがおの親爺が客のうしろで、にやっと笑って、君の亭主は、それを見るなり、かっと一時にのぼせちゃって、無代進呈するつもりであります、ほんとうに無代進呈いたします、おれは嘘なんか、つかない、なあに、こんな商売していても、お客を、だますことなんか、きらいなんだ。無代進呈します、さあ、みんな持っていってくれ、信じない奴は、ばかだ。無代進呈いたします。露店商人にも、意地は、あるんだ。みんな、ただで差しあげます。ああ、お嬢さん、ほしいの? いいねえ、あなたは、人を疑わない。はじめから、おれが、ただで、この万年筆をさしあげること、はじめっから信じていてくれたんですね。ああ、疑わない人は、とくをする。さあ、さし上げましょう、三本。一本は、お父さんに。一本は、お母さんに。私を忘れないで下さい! さあ、ほかに欲しい人はないか。疑うやつは、損をする。
前へ
次へ
全62ページ中53ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング