、三角《さんかく》の小さい焔が一列に並んでぽっと、ガス燈が灯《とも》るように軒端に灯って、それから、ふっと消える。軒端の材木から、熱のためにガスが噴き出て、それに一先《ひとま》ず点火されるのであろう。また、ちょろちょろと、青白い焔が軒端を伝って伸びて、と思うと、ちちと縮まり焔の列が短かくなり、また、ちょろちょろと伸びる。行きつ、戻りつ、それを、五、六度、繰りかえしているうちに、ぼっという荒い音がして、軒が一時に燃え上る。こんどは、ほんとに燃えるのである。黒い煙と、パチパチという材木の爆《は》ぜる音。ほんものの悪性の焔が、ちろちろ顔を出す。かたまった血のような、色をしている。茶褐色である。棘《とげ》のある毒物の感じである。紅蓮《ぐれん》、というのは当っていない。もっと凝固して、濃い感じである。いかにも、兇暴の相である。とぐろを巻いて、しかも精悍《せいかん》な、ああ、それは蝮蛇《まむし》そっくりである。私の眉にさえ、刺されるような熱さを覚えた。火事は、異様の臭気がする。鰊《にしん》を焼くとき、あんな臭いがする。なまぐさい。所詮は、物質が燃え上るだけのことに違いないのだけれど、火事は、なんだ
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