れいの調子づいて、微にいり細をうがってどろぼうの体験談など語っていると、人は、どうせあいつのことだ、どろぼうくらいは、やったかも知れぬと、ひそひそ囁《ささや》き合って、私は、またまた、とんだ汚名を着せられるやも、はかり難い。それゆえ、このような物語は、私が、もう少し偉くなって、私の人格に対する世評があまり悪くなく、せめて私の現在の実生活そのままを言い伝えられるくらいの評判になったとき、そのときには私も、大胆に「私」という主人公を使って、どのような悪徳のモデルをも、お見せしよう。いまは、いけない。悲しいけれども、いけない。
 次に物語る一篇も、これはフィクションである。私は、昨夜どろぼうに見舞われた。そうして、それは嘘であります。全部、嘘であります。そう断らなければならぬ私のばかばかしさ。ひとりで、くすくす笑っちゃった。
 ゆうべは、おどろいたのである。笑いごとではない。実に驚いた。生れて、はじめて私はどろぼうに見舞われた。しかも、ばかなこと、私はそのどろぼうと、一問一答をさえ試みてしまったのである。大袈裟《おおげさ》に言えば、私たち二人さしむかいで、一夜をしみじみ語り明かしたのである。
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