(節子)(冷静になり、顔を挙げて、はっきり)そうお願い致します。
(奥田)(かえってまごつき)なんですか?
(節子)(それにかまわず、遠くの歌声に耳を傾け)ああやって歌をうたって遊ぶのが、都会ふうで、そうして文化的とかいうもので、日本はこれから、男も女もみんな、菊代さんのようにならなければならないのでしょうか。わたくしのような、旧式な田舎女は、もう、だめなのでしょうか。わたくしには、やっぱりどうしても、わかりませんわ。なぜ、人間は、都会ふうでなければいけないのです。なぜ、田舎くさいのは、だめなんです。
(奥田) 人間がだめになったんですよ。張り合いが無くなったんですよ。大理想も大思潮も、タカが知れてる。そんな時代になったんですよ。僕は、いまでは、エゴイストです。いつのまにやら、そうなって来ました。菊代の事は、菊代自身が処理するでしょう。僕たち二十代の者は、或る点では、あなたたちよりもずっと大人《おとな》かも知れません。自己に就《つ》いての空想は、少しも持っていません。
(節子)(しずかに)それは、どんな意味ですの?
(奥田) 妹は妹、僕は僕、という事です。いや、人は人、僕は僕、と言っ
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