ろいでいた。
「K、冗談だろうね。真実も、向上心も、Kご自身も、役に立たないなんて、冗談だろうね。僕みたいな男だっても、生きて居る限りは、なんとかして、立派に生きていたいとあがいているのだ。Kは、ばかだ。」
「おかえり。」Kも、きっとなった。「あなたのまじめさを、あなたのまじめな苦しさを、そんなに皆に見せびらかしたいの?」
芸者の美しさが、よくなかった。
「かえる。東京へかえる。お金くれ。かえる。」私は立ちあがって、どてらを脱いだ。
Kは、私の顔を見上げたまま、泣いている。かすかに笑顔を残したまま、泣いている。
私は、かえりたくなかった。誰も、とめてはくれないのだ。えい、死のう、死のう。私は、着物に着換えて足袋《たび》をはいた。
宿を出た。走った。
橋のうえで立ちどまって、下の白い谷川の流れを見つめた。自分を、ばかだと思った。ばかだ、ばかだ、と思った。
「ごめんなさい。」ひっそりKは、うしろに立っている。
「ひとを、ひとをいたわるのも、ほどほどにするがいい。」私は泣き出した。
宿へかえると、床が二つ敷かれていた。私は、ヴェロナアルを一服のんで、すぐに眠ったふりをした。しばら
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