くして、Kは、そっと起きあがり、同じ薬を一服のんだ。
あくる日は、ひるすぎまで、床の中でうつらうつらしていた。Kはさきに起きて、廊下の雨戸をいちまいあけた。雨である。
私も起きて、Kと語らず、ひとりで浴場へ降りていった。
ゆうべのことは、ゆうべのこと。ゆうべのことは、ゆうべのこと。――無理矢理、自分に言いきかせながら、ひろい湯槽《ゆぶね》をかるく泳ぎまわった。
湯槽から這い出て、窓をひらき、うねうね曲って流れている白い谷川を見おろした。
私の背中に、ひやと手を置く。裸身のKが立っている。
「鶺鴒《せきれい》。」Kは、谷川の岸の岩に立ってうごいている小鳥を指さす。「せきれいは、ステッキに似ているなんて、いい加減の詩人ね。あの鶺鴒は、もっときびしく、もっとけなげで、どだい、人間なんてものを問題にしていない。」
私も、それを思っていたのだ。
Kは、湯槽にからだを、滑りこませて、
「紅葉《もみじ》って、派手な花なのね。」
「ゆうべは、――」私が言い澱《よど》むと、
「ねむれた?」無心にたずねるKの眼は、湖水のように澄んでいる。
私は、ざぶんと湯槽に飛び込み、「Kが生きているう
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