、私の袖《そで》をひく。私の声は、人並はずれて高いのである。
 私は、笑いながら、「ここにも、僕の宿命がある。」

 湯河原《ゆがわら》。下車。

「何もない、ということ、嘘だわ。」Kは宿のどてらに着換えながら、そう言った。「この、どてらの柄《がら》は、この青い縞《しま》は、こんなに美しいじゃないの?」
「ああ、」私は、疲れていた。「さっきの、らっきょうの話?」
「ええ、」Kは、着換えて、私のすぐ傍にひっそり坐った。「あなたは、現在を信じない。いまの、この、刹那《せつな》を信じることできる?」
 Kは少女のように無心に笑って、私の顔を覗き込む。
「刹那は、誰の罪でもない。誰の責任でもない。それは判っている。」私は、旦那様のようにちゃんと座蒲団に坐って、腕組みしている。「けれども、それは、僕にとって、いのちのよろこびにはならない。死ぬる刹那の純粋だけは、信じられる。けれども、この世のよろこびの刹那は、――」
「あとの責任が、こわいの?」
 Kは、小さくはしゃいでいる。
「どうにも、あとしまつができない。花火は一瞬でも、肉体は、死にもせず、ぶざまにいつまでも残っているからね。美しい極光を見
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