、トラタタ、トラタタ、トラタタタ。
「たばこ、のむ?」
Kは、三種類の外国煙草を、ハンドバッグから、つぎつぎ取り出す。
いつか、私は、こんな小説を書いたことがある。死のうと思った主人公が、いまわの際に、一本の、かおりの高い外国煙草を吸ってみた、そのほのかなよろこびのために、死ぬること、思いとどまった、そんな小説を書いたことがある。Kは、それを知っている。
私は、顔をあからめた。それでも、きざに、とりすまして、その三種類の外国煙草を、依怙贔屓《えこひいき》なく、一本ずつ、順々に吸ってみる。
横浜で、Kは、サンドイッチを買い求める。
「たべない?」
Kは、わざと下品に、自分でもりもり食べて見せる。
私も、落ちついて一きれ頬ばる。塩からかった。
「ひとことでも、ものを言えば、それだけ、みんなを苦しめるような気がして、むだに、くるしめるような気がして、いっそ、だまって微笑《ほほえ》んで居れば、いいのだろうけれど、僕は作家なのだから、何か、ものを言わなければ暮してゆけない作家なのだから、ずいぶん、骨が折れます。僕には、花一輪をさえ、ほどよく愛することができません。ほのかな匂いを愛《め
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