情の深さを。
 Kは、そうして、生きている。
 ことしの晩秋、私は、格子縞《こうしじま》の鳥打帽をまぶかにかぶって、Kを訪れた。口笛を三度すると、Kは、裏木戸をそっとあけて、出て来る。
「いくら?」
「お金じゃない。」
 Kは、私の顔を覗《のぞ》きこむ。
「死にたくなった?」
「うん。」
 Kは、かるく下唇を噛む。
「いまごろになると、毎年きまって、いけなくなるらしいのね。寒さが、こたえるのかしら。羽織《はおり》ないの? おや、おや、素足で。」
「こういうのが、粋《いき》なんだそうだ。」
「誰が、そう教えたの?」
 私は溜息《ためいき》をついて、「誰も教えやしない。」
 Kも小さい溜息をつく。
「誰か、いいひとがないものかねえ。」
 私は、微笑する。
「Kとふたりで、旅行したいのだけれど。」
 Kは、まじめに、うなずく。

 わかっているのだ。みんな、みんな、わかっているのだ。Kは、私を連れて旅に出る。この子を死なせてはならない。
 その日の真夜中、ふたり、汽車に乗った。汽車が動き出して、Kも、私も、やっと、なんだか、ほっとする。
「小説は?」
「書けない。」
 まっくら闇の汽車の音は
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