を発って熱海についたころには、熱海のまちは夕靄《ゆうもや》につつまれ、家家の灯は、ぼっと、ともって、心もとなく思われた。
 宿について、夕食までに散歩しようと、宿の番傘を二つ借りて、海辺に出て見た。雨天のしたの海は、だるそうにうねって、冷いしぶきをあげて散っていた。ぶあいそな、なげやりの感じであった。
 ふりかえって、まちを見ると、ただ、ぱらぱらと灯が散在していて、
「こどものじぶん、」Kは立ちどまって、話かける。「絵葉書に針でもってぷつぷつ穴をあけて、ランプの光に透かしてみると、その絵葉書の洋館や森や軍艦に、きれいなイルミネエションがついて、――あれを思い出さない?」
「僕は、こんなけしき、」私は、わざと感覚の鈍《にぶ》い言いかたをする。「幻燈で見たことがある。みんなぼっとかすんで。」
 海岸通りを、そろそろ歩いた。「寒いね。お湯にはいってから、出て来ればよかった。」
「私たち、もうなんにも欲しいものがないのね。」
「ああ、みんなお父さんからもらってしまった。」
「あなたの死にたいという気持、――」Kは、しゃがんで素足の泥を拭きながら、「わかっている。」
「僕たち、」私は十二、三歳の
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