ど気取っているつもりなのだよ。」
「恋は?」
「自分の足袋のやぶれが気にかかって、それで、失恋してしまった晩もある。」
「ねえ、私の顔、どう?」Kは、まともに顔をちか寄せる。
「どう、って。」私は顔をしかめる。
「きれい?」よそのひとのような感じで、「わかく見える?」
 私は、殴りつけたく思う。
「K、そんなに、さびしいのか。K、おぼえて置くがいい。Kは、良妻賢母で、それから、僕は不良少年、ひとの屑《くず》だ。」
「あなただけ、」言いかけたとき、女中がミルクを持って来る。「あ、どうも。」
「くるしむことは、自由だ。」私は、熱いミルクを啜《すす》りながら、「よろこぶことも、そのひとの自由だ。」
「ところが、私、自由じゃない。両方とも。」
 私は深い溜息をつく。
「K、うしろに五、六人、男がいるね。どれがいい?」
 つとめ人らしい若いのが四人、麻雀《マージャン》をしている。ウイスキーソーダを飲みながら新聞を読んでいる中年の男が、二人。
「まんなかのが。」Kは、山々の面を拭いてあるいている霧の流れを眺めながら、ゆっくり呟く。
 ふりむいて、みると、いつのまにか、いまひとりの青年が、サロンのま
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