逢う前に、私たちのお母さんに逢って、直接またいろいろとお話を伺ってみたいと思います。まず、さいしょに、私をお母さんのところに連れて行って下さい。」
細君の許《もと》に送りとどけるのが、最も無難だと思ったのである。私は彼の細君とは、まだいちども逢った事が無い。彼は北海道の産であるが、細君は東京人で、そうして新劇の女優などもした事があり、互いに好き合って一緒になったとか、彼から聞いた事がある。なかなかの美人だという事を、他のひとから知らされたりしたが、しかし、私はいちどもお目にかかった事が無かったのである。
いずれにしても、その日、私は彼の悲惨な痴語を聞いて、その女を、非常に不愉快に感じたのである。いやしくも知識人の彼に、このようなあさましい不潔なたわごとをわめかせるに到らしめた責任の大半は彼女に在るのは明らかである。彼女もまた発狂しているのかどうか、それは逢ってみなければ、ただ彼の話だけではわからぬけれども、彼にとって彼の細君は、まさしく悪魔の役を演じているのは、たしかである。これから、彼の家へ行って細君に逢い、場合に依っては、その女神とやらの面皮をひんむいてやろうと考え、普段着の和
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