女神
太宰治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)璽光尊《じこうそん》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)男性|衰微《すいび》の時代にはいっている
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 れいの、璽光尊《じこうそん》とかいうひとの騒ぎの、すこし前に、あれとやや似た事件が、私の身辺に於いても起った。
 私は故郷の津軽で、約一年三箇月間、所謂《いわゆる》疎開《そかい》生活をして、そうして昨年の十一月に、また東京へ舞い戻って来て、久し振りで東京のさまざまの知人たちと旧交をあたためる事を得たわけであるが、細田氏の突然の来訪は、その中でも最も印象の深いものであった。
 細田氏は、大戦の前は、愛国悲詩、とでもいったような、おそろしくあまい詩を書いて売ったり、またドイツ語も、すこし出来るらしく、ハイネの詩など訳して売ったり、また女学校の臨時雇いの教師になったりして、甚《はなは》だ漠然たる生活をしていた人物であった。としは私より二つ三つ多い筈《はず》だが、額《ひたい》がせまく漆黒《しっこく》の美髪には、いつもポマードがこってりと塗られ、新しい形の縁無し眼鏡をかけ、おまけに頬《ほお》は桜
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