服に二重廻しをひっかけ、
「それでは、おともしましょう。」
と言った。
外へ出ても、彼の興奮は、いっこうに鎮《しず》まらず、まるでもう踊りながら歩いているというような情ない有様で、
「きょうは実に、よい日ですね。奇蹟の日です。昭和十二年十二月十二日でしょう? しかも、十二時に、私たち兄弟はそろって母に逢いに出発した。まさに神のお導きですね。十二という数は、六でも割れる、三でも割れる、四でも割れる、二でも割れる、実に神聖な数ですからね。」
と言ったが、その日は、もちろん昭和十二年の十二月の十二日なんかではなかった。時刻も既に午後三時近かった。そのときの実際の年月日時刻のうちで、六で割れる数は、十二月だけだった。
彼のいま住んでいるところは、立川市だというので、私たちは三鷹駅から省線に乗った。省線はかなり混んでいたが、彼は乗客を乱暴に掻《か》きわけて、入口から吊皮《つりかわ》を、ひいふうみいと大声で数えて十二番目の吊皮につかまり、私にもその吊皮に一緒につかまるように命じ、
「立川というのを英語でいうなら、スタンデングリバーでしょう? スタンデングリバー。いくつの英字から成り立ってい
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