の発狂であろう。或《ある》いは外地の悪質の性病に犯されたせいかも知れない。気の毒とも可哀想とも悲惨とも、何とも言いようのないつらい気持で、彼の痴語を聞きながら、私は何度も眼蓋《まぶた》の熱くなるのを意識した。
「わかりました。」
 私は、ただそう言った。
 彼は、はじめて莞爾《かんじ》と笑って、
「ああ、あなたは、やっぱり、わかって下さる。あなたなら、私の言う事を必ず全部、信じてくれるだろうとは思っていたのですが、やっぱり、血をわけた兄弟だけあって、わかりが早いですね。接吻しましょう。」
「いや、その必要は無いでしょう。」
「そうでしょうか。それじゃ、そろそろ出掛ける事にしましょうか。」
「どこへです?」
 三人兄弟の長兄に、これから逢《あ》いに行くのだという。
「インフレーションがね、このままでは駄目なのです。母がそう言っているんです。とにかく、一ばん上の兄さんに逢って、よく相談しなくちゃいけないんです。母の意見に依りますと、日本の紙幣には、必ずグロテスクな顔の鬚《ひげ》をはやした男の写真が載っているけれども、あれがインフレーションの原因だというのです。紙幣には、女の全裸の姿か、ある
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