まで送ってまいりましたのです。では、どうか、細田さんによろしく。」
 引きとめられるのを振り切って、私はアパートを辞し、はなはだ浮かぬ気持で師走《しわす》の霧の中を歩いて、立川駅前の屋台で大酒を飲んで帰宅した。
 わからない。
 少しもわからない。
 私は、おそい夕ごはんを食べながら、きょうの事件をこまかに家の者に告げた。
「いろいろな事があるのね。」
 家の者は、たいして驚いた顔もせず、ただそう呟いただけである。
「しかし、あの細君は、どういう気持でいるんだろうね。まるで、おれには、わからない。」
「狂ったって、狂わなくたって、同じ様なものですからね。あなたもそうだし、あなたのお仲間も、たいていそうらしいじゃありませんか。禁酒なさったんで、奥さんはかえって喜んでいらっしゃるでしょう。あなたみたいに、ほうぼうの酒場にたいへんな借金までこさえて飲んで廻るよりは、罪が無くっていいじゃないの。お母さんだの、女神だのと言われて、大事にされて。」
 私は眉間《みけん》を割られた気持で、
「お前も女神になりたいのか?」
 とたずねた。
 家の者は、笑って、
「わるくないわ。」
 と言った。




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