ら、あんなになったのですか?」
「え?」
と、私の質問の意味がわからないような目つきで、無心らしく反問する。
私のほうで少しあわて気味になり、
「あの、細田さん、すこし興奮していらっしゃるようですけど。」
「はあ、そうでしょうかしら。」
と言って笑った。
「大丈夫なんですか?」
「いつも、おどけた事ばかり言って、……」
平然たるものである。
この女は、夫の発狂に気附いていないのだろうか。私は頗《すこぶ》る戸惑った。
「お酒でもあるといいんですけど、」と言って立ち上り、電燈のスイッチをひねって、「このごろ細田は禁酒いたしましたもので、配給のお酒もよそへ廻してしまいまして、何もございませんで、失礼ですけど、こんなものでも、いかがでございますか。」
と落ちついて言って私に蜜柑《みかん》などをすすめる。電気をつけてみると、部屋が小綺麗《こぎれい》に整頓《せいとん》せられているのがわかり、とても狂人の住んでいる部屋とは思えない。幸福な家庭の匂いさえするのである。
「いやもう何も、おかまいなく。私はこれで失礼しましょう。細田さんが何だか興奮していらっしゃるようでしたから、心配して、お宅
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