れを吐き出したこともあったらしい。丁度相手の女学生が、頸の創《きず》から血を出して萎《しな》びて死んだように絶食して、次第に体を萎びさせて死んだのである。」
女房も死んでしまいました。はじめから死ぬるつもりで、女学生に決闘を申込んだ様子で、その辺の女房のいじらしい、また一筋の心理に就いては、次回に於いて精細に述べることにして、今は専《もっぱ》ら、女房の亭主すなわち此の短いが的確の「女の決闘」の筆者、卑怯《ひきょう》千万の芸術家の、その後の身の上に就いて申し上げる事に致します。女学生は、何やら外国語を一言叫んで、死んでいった。女房も、ほとんど自殺に等しい死にかたをして、この世から去っていった。けれども、三人の中で最も罪の深い、この芸術家だけは、死にもせずペンを握って、「小鳥が羽の生えた儘で死ぬように、その着物を着た儘で死んだのである。」などと、自分の女房のみじめな死を、よそごとのように美しく形容し、その棺に花束一つ投入してやったくらいの慈善を感じてすましている。これは、いかにも不思議であります。果して、芸術家というものは、そのように冷淡、心の奥底まで一個の写真機に化しているものでしょう
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