か。私は、否、と答えたいのでありますが、とにかく今、諸君と共に、この難問に就いて、尚《なお》しばらく考えてみることに致しましょう。この悪徳の芸術家は、女房の取調べと同時に、勿論、市の裁判所に召喚され、予審検事の皮肉極まる訊問を受けた筈であります。
――どうも、とんだ災難でございましたね。(と検事は芸術家に椅子を薦《すす》めて言いました。)奥さんのおっしゃる事は、ちっとも筋道がとおりませんので、私ども困って居ります。一体、どういう原因に拠る決闘だか、あなたは、ご存じなんですね。
――存じません。
――私の言いかたが下手《へた》だったのかしら。失礼いたしました。何か、お心当りは在る筈なんですね。
――心当り?
――相手の女学生を、ご存じなんですね。
――相手の?
――いいえ、奥さんの相手です。失礼いたしました。奥さんの決闘の相手です。お互い紳士ですものね。
――存じて居ります。
――え? 何をご存じなんです。煙草《たばこ》はいかがです。ずいぶん煙草を、おやりのようですね。煙草は、思索の翼と言われていますからね。あなたの作品を、うちの女房と娘が奪い合いで読んでいますよ。「法
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