緒方氏を殺した者
太宰治

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)屁理窟《へりくつ》
−−

 緒方氏の臨終は決して平和なものではなかったと聞いている。歯ぎしりして死んでいったと聞いている。私と緒方氏とは、ほんの二三度話合っただけの間柄ではあるが、よい小説家を、懸命に努力した人間を、よほどの不幸の場所に置いたまま、そのまま死なせてしまったという事実に就いて、かなりの苦痛を感じている。
 追悼の文は、つくづく、むずかしいものである。一束の弔花を棺に投入して、そうしてハンケチで顔を覆って泣き崩れる姿は、これは気高いものであろうが、けれども、それはわかい女の姿であって、男が、いいとしをして、そんなことは、できない。真似られるものではない。へんに、しらじらしく真面目になるだけである。
 誰が緒方氏を殺したのか。乱暴な言葉である。窒息するほどいやな言葉である。けれども私は、この不愉快極る疑問からのがれることができなかったのである。どうにも、かなわないので、真正面から取り組んでしまった。
 ひと一人、くらい境遇に落ち込んだ場合、その肉親のうちの気の弱い者か、または、その友人
次へ
全3ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング