安心した。
 そのとしの冬やすみは、中學生としての最後の休暇であつたのである。歸郷の日のちかくなるにつれて、私と弟とは幾分の氣まづさをお互ひに感じてゐた。
 いよいよ共にふるさとの家へ歸つて來て、私たちは先づ臺所の石の爐ばたに向ひあつてあぐらをかいて、それからきよろきよろとうちの中を見わたしたのである。みよがゐないのだ。私たちは二度も三度も不安な瞳をぶつつけ合つた。その日、夕飯をすませてから、私たちは次兄に誘はれて彼の部屋へ行き、三人して火燵にはひりながらトランプをして遊んだ。私にはトランプのどの札もただまつくろに見えてゐた。話の何かいいついでがあつたから、思ひ切つて次兄に尋ねた。女中がひとり足りなくなつたやうだが、と手に持つてゐる五六枚のトランプで顏を被ふやうにしつつ、餘念なささうな口調で言つた。もし次兄が突つこんで來たら、さいはひ弟も居合せてゐることだし、はつきり言つてしまはうと心をきめてゐた。
 次兄は、自分の手の札を首かしげかしげしてあれこれと出し迷ひながら、みよか、みよは婆樣と喧嘩して里さ戻つた、あれは意地つぱりだぜえ、と呟いて、ひらつと一枚捨てた。私も一枚投げた。弟も默つて
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