一枚捨てた。
 それから四五日して、私は鷄舍の番小屋を訪れ、そこの番人である小説の好きな青年から、もつとくはしい話を聞いた。みよは、ある下男にたつたいちどよごされたのを、ほかの女中たちに知られて、私のうちにゐたたまらなくなつたのだ。男は、他にもいろいろ惡いことをしたので、そのときは既に私のうちから出されてゐた。それにしても、青年はすこし言ひ過ぎた。みよは、やめせ、やめせ、とあとで囁いた、とその男の手柄話まで添へて。

 正月がすぎて、冬やすみも終りに近づいた頃、私は弟とふたりで、文庫藏へはひつてさまざまな藏書や軸物を見てあそんでゐた。高いあかり窓から雪の降つてゐるのがちらちら見えた。父の代から長兄の代にうつると、うちの部屋部屋の飾りつけから、かういふ藏書や軸物の類まで、ひたひたと變つて行くのを、私は歸郷の度毎に、興深く眺めてゐた。私は長兄がちかごろあたらしく求めたらしい一本の軸物をひろげて見てゐた。山吹が水に散つてゐる繪であつた。弟は私の傍へ、大きな寫眞箱を持ち出して來て、何百枚もの寫眞を、冷くなる指先へときどき白い息を吐きかけながら、せつせと見てゐた。しばらくして、弟は私の方へ、まだ
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