の一間に寢てから、私は非常に淋しいことを考へた。凡俗といふ觀念に苦しめられたのである。みよのことが起つてからは、私もたうとう莫迦になつて了つたのではないか。女を思ふなど、誰にでもできることである。しかし、私のはちがふ、ひとくちには言へぬがちがふ。私の場合は、あらゆる意味で下等でない。しかし、女を思ふほどの者は誰でもさう考へてゐるのではないか。しかし、と私は自身のたばこの煙にむせびながら強情を張つた。私の場合には思想がある!
私はその夜、みよと結婚するに就いて、必ずさけられないうちの人たちとの論爭を思ひ、寒いほどの勇氣を得た。私のすべての行爲は凡俗でない、やはり私はこの世のかなりな單位にちがひないのだ、と確信した。それでもひどく淋しかつた。淋しさが、どこから來るのか判らなかつた。どうしても寢つかれないので、あのあんまをした。みよの事をすつかり頭から拔いてした。みよをよごす氣にはなれなかつたのである。
朝、眼をさますと、秋空がたかく澄んでゐた。私は早くから起きて、むかひの畑へ葡萄を取りに出かけた。みよに大きい竹籠を持たせてついて來させた。私はできるだけ氣輕なふうでみよにさう言ひつけたの
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