といふ事ほどひどい恥辱はなかつたのである。
 おなじころ、よくないことが續いて起つた。ある日の晝食の際に、私は弟や友人たちといつしよに食卓へ向つてゐたが、その傍でみよが、紅い猿の面の繪團扇でぱさぱさと私たちをあふぎながら給仕してゐた。私はその團扇の風の量で、みよの心をこつそり計つてゐたものだ。みよは、私よりも弟の方を多くあふいだ。私は絶望して、カツレツの皿へぱちつとフオクを置いた。
 みんなして私をいぢめるのだ、と思ひ込んだ。友人たちだつてまへから知つてゐたに違ひない、と無闇に人を疑つた。もう、みよを忘れてやるからいい、と私はひとりできめてゐた。
 また二三日たつて、ある朝のこと、私は、前夜ふかした煙草がまだ五六ぽん箱にはひつて殘つてゐるのを枕元へ置き忘れたままで番小屋へ出掛け、あとで氣がついてうろたへて部屋へ引返して見たが、部屋は綺麗に片づけられ箱がなかつたのである。私は觀念した。みよを呼んで、煙草はどうした、見つけられたらう、と叱るやうにして聞いた。みよは眞面目な顏をして首を振つた。そしてすぐ、部屋のなげしの裏へ脊のびして手をつつこんだ。金色の二つの蝙蝠が飛んである緑いろの小さな紙
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