箱はそこから出た。
私はこのことから勇氣を百倍にもして取りもどし、まへからの決意にふたたび眼ざめたのである。しかし、弟のことを思ふとやはり氣がふさがつて、みよのわけで友人たちと騷ぐことをも避けたし、そのほか弟には、なにかにつけていやしい遠慮をした。自分から進んでみよを誘惑することもひかへた。私はみよから打ち明けられるのを待つことにした。私はいくらでもその機會をみよに與へることができたのだ。私は屡々みよを部屋へ呼んで要らない用事を言ひつけた。そして、みよが私の部屋へはひつて來るときには、私はどこかしら油斷のあるくつろいだ恰好をして見せたのである。みよの心を動かすために、私は顏にも氣をくばつた。その頃になつて私の顏の吹出物もどうやら直つてゐたが、それでも惰性で、私はなにかと顏をこしらへてゐた。私はその蓋のおもてに蔦のやうな長くくねつた蔓草がいつぱい彫り込まれてある美しい銀のコンパクトを持つてゐた。それでもつて私のきめを時折うめてゐたのだけれど、それを尚すこし心をいれてしたのである。
これからはもう、みよの決心しだいであると思つた。しかし、機會はなかなか來なかつたのである。番小屋で勉強し
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