投げつけ合つたり足踏して床を鳴らしてゐたが、そのうちに私は少しふざけ過ぎて了つた。私は弟をも仲間にいれたく思つて、お前はさつきから默つてゐるが、さては、と唇を輕くかんで弟をにらんでやつたのである。すると弟は、いや、と短く叫んで右手を大きく振つた。持つてゐた單語のカアドが二三枚ぱつと飛び散つた。私はびつくりして視線をかへた。そのとつさの間に私は氣まづい斷定を下した。みよの事はけふ限りよさうと思つた。それからすぐ、なにごともなかつたやうに笑ひ崩れた。
その日めしを知らせに來たのは、仕合せと、みよでなかつた。母屋へ通る豆畑のあひだの狹い道を、てんてんと一列につらなつて歩いて行く皆のうしろへついて、私は陽氣にはしやぎながら豆の丸い葉を幾枚も幾枚もむしりとつた。
犧牲などといふことは始めから考へてなかつた。ただいやだつたのだ。ライラツクの白い茂みが泥を浴びせられた。殊にその惡戲者が肉親であるのがいつそういやであつた。
それからの二三日は、さまざまに思ひなやんだ。みよだつて庭を歩くことがあるでないか。彼は私の握手にほとんど當惑した。要するに私はめでたいのではないだらうか。私にとつて、めでたい
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