ら、いよいよ此の貴族とそつくりになれるのだ、と思つた。さう思ふと私の臆病さがはかなく感じられもするのである。こんな氣のせせこましさが私の過去をあまりに平坦にしてしまつたのだと考へた。私自身で人生のかがやかしい受難者になりたく思はれたのである。
 私は此のことをまづ弟へ打ち明けた。晩に寢てから打ち明けた。私は巖肅な態度で話すつもりであつたが、さう意識してこしらへた姿勢が逆に邪魔をして來て、結局うはついた。私は、頸筋をさすつたり兩手をもみ合せたりして、氣品のない話かたをした。さうしなければかなはぬ私の習性を私は悲しく思つた。弟は、うすい下唇をちろちろ舐めながら、寢がへりもせず聞いてゐたが、けつこんするのか、と言ひにくさうにして尋ねた。私はなぜだかぎよつとした。できるかどうか、とわざとしをれて答へた。弟は、恐らくできないのではないかといふ意味のことを案外なおとなびた口調でまはりくどく言つた。それを聞いて、私は自分のほんたうの態度をはつきり見つけた。私はむつとして、たけりたけつたのである。蒲團から半身を出して、だからたたかふのだ、たたかふのだ、と聲をひそめて強く言ひ張つた。弟は更紗染めの蒲團の
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