下でからだをくねくねさせて何か言はうとしてゐるらしかつたが、私の方を盜むやうにして見て、そつと微笑んだ。私も笑ひ出した。そして、門出だから、と言ひつつ弟の方へ手を差し出した。弟も恥しさうに蒲團から右手を出した。私は低く聲を立てて笑ひながら、二三度弟の力ない指をゆすぶつた。
しかし、友人たちに私の決意を承認させるときには、こんな苦心をしなくてよかつた。友人たちは私の話を聞きながら、あれこれと思案をめぐらしてゐるやうな恰好をして見せたが、それは、私の話がすんでからそれへの同意に效果を添へようためのものでしかないのを、私は知つてゐた。じじつその通りだつたのである。
四年生のときの夏やすみには、私はこの友人たちふたりをつれて故郷へ歸つた。うはべは、三人で高等學校への受驗勉強を始めるためであつたが、みよを見せたい心も私にあつて、むりやりに友をつれて來たのである。私は、私の友がうちの人たちに不評判でないやうに祈つた。私の兄たちの友人は、みんな地方でも名のある家庭の青年ばかりだつたから、私の友のやうに金釦のふたつしかない上着などを着てはゐなかつたのである。
裏の空屋敷には、そのじぶん大きな鷄舍
前へ
次へ
全64ページ中49ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング