ひ出し、また夢想した。そして、おしまひに溜息ついてかう考へた。えらくなれるかしら。その前後から、私はこころのあせりをはじめてゐたのである。私は、すべてに就いて滿足し切れなかつたから、いつも空虚なあがきをしてゐた。私には十重二十重の假面がへばりついてゐたので、どれがどんなに悲しいのか、見極めをつけることができなかつたのである。そしてたうとう私は或るわびしいはけ口を見つけたのだ。創作であつた。ここにはたくさんの同類がゐて、みんな私と同じやうに此のわけのわからぬをののきを見つめてゐるやうに思はれたのである。作家にならう、作家にならう、と私はひそかに願望した。弟もそのとし中學校へはひつて、私とひとつ部屋に寢起してゐたが、私は弟と相談して、初夏のころに五六人の友人たちを集め同人雜誌をつくつた。私の居るうちの筋向ひに大きい印刷所があつたから、そこへ頼んだのである。表紙も石版でうつくしく刷らせた。クラスの人たちへその雜誌を配つてやつた。私はそれへ毎月ひとつづつ創作を發表したのである。はじめは道徳に就いての哲學者めいた小説を書いた。一行か二行の斷片的な隨筆をも得意としてゐた。この雜誌はそれから一年ほど
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