續けたが、私はそのことで長兄と氣まづいことを起してしまつた。
長兄は私の文學に熱狂してゐるらしいのを心配して、郷里から長い手紙をよこしたのである。化學には方程式あり幾何には定理があつて、それを解する完全な鍵が與へられてゐるが、文學にはそれがないのです、ゆるされた年齡、環境に達しなければ文學を正當に掴むことが不可能と存じます、と物堅い調子で書いてあつた。私もさうだと思つた。しかも私は、自分をその許された人間であると信じた。私はすぐ長兄へ返事した。兄上の言ふことは本當だと思ふ、立派な兄を持つことは幸福である、しかし、私は文學のために勉強を怠ることがない、その故にこそいつそう勉強してゐるほどである、と誇張した感情をさへところどころにまぜて長兄へ告げてやつたのである。
なにはさてお前は衆にすぐれてゐなければいけないのだ、といふ脅迫めいた考へからであつたが、じじつ私は勉強してゐたのである。三年生になつてからは、いつもクラスの首席であつた。てんとりむしと言はれずに首席になることは困難であつたが、私はそのやうな嘲りを受けなかつた許りか、級友を手ならす術まで心得てゐた。蛸といふあだなの柔道の主將さ
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