、紫の小さい三角旗を一齊にゆらゆら振りながら、よい敵よい敵けなげなれども、といふ應援歌をうたふのである。そのことは私にとつて恥しかつた。私は、すきを見ては、その應援から逃げて家へ歸つた。
しかし、私にもスポオツの經驗がない譯ではなかつたのである。私の顏が蒼黒くて、私はそれを例のあんまの故であると信じてゐたので、人から私の顏色を言はれると、私のその祕密を指摘されたやうにどぎまぎした。私は、どんなにかして血色をよくしたく思ひ、スポオツをはじめたのである。
私はよほど前からこの血色を苦にしてゐたものであつた。小學校四五年のころ、末の兄からデモクラシイといふ思想を聞き、母までデモクラシイのため税金がめつきり高くなつて作米の殆どみんなを税金に取られる、と客たちにこぼしてゐるのを耳にして、私はその思想に心弱くうろたへた。そして、夏は下男たちの庭の草刈に手つだひしたり、冬は屋根の雪おろしに手を貸したりなどしながら、下男たちにデモクラシイの思想を教へた。さうして、下男たちは私の手助けを餘りよろこばなかつたのをやがて知つた。私の刈つた草などは後からまた彼等が刈り直さなければいけなかつたらしいのである
前へ
次へ
全64ページ中34ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング