を吐いて死んだ。ちかくの新聞社は父の訃を號外で報じた。私は父の死よりも、かういふセンセイシヨンの方に興奮を感じた。遺族の名にまじつて私の名も新聞に出てゐた。父の死骸は大きい寢棺に横たはり橇に乘つて故郷へ歸つて來た。私は大勢のまちの人たちと一緒に隣村近くまで迎へに行つた。やがて森の蔭から幾臺となく續いた橇の幌が月光を受けつつ滑つて出て來たのを眺めて私は美しいと思つた。
 つぎの日、私のうちの人たちは父の寢棺の置かれてある佛間に集つた。棺の蓋が取りはらはれるとみんな聲をたてて泣いた。父は眠つてゐるやうであつた。高い鼻筋がすつと青白くなつてゐた。私は皆の泣聲を聞き、さそはれて涙を流した。
 私の家はそのひとつきもの間、火事のやうな騷ぎであつた。私はその混雜にまぎれて、受驗勉強を全く怠つたのである。高等小學校の學年試驗にも殆ど出鱈目な答案を作つて出した。私の成績は全體の三番かそれくらゐであつたが、これは明らかに受持訓導の私のうちに對する遠慮からであつた。私はそのころ既に記憶力の減退を感じてゐて、したしらべでもして行かないと試驗には何も書けなかつたのである。私にとつてそんな經驗は始めてであつた。
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