二章
いい成績ではなかつたが、私はその春、中學校へ受驗して合格をした。私は、新しい袴と黒い沓下とあみあげの靴をはき、いままでの毛布をよして羅紗のマントを洒落者らしくボタンをかけずに前をあけたまま羽織つて、その海のある小都會へ出た。そして私のうちと遠い親戚にあたるそのまちの呉服店で旅裝を解いた。入口にちぎれた古いのれんをさげてあるその家へ、私はずつと世話になることになつてゐたのである。
私は何ごとにも有頂天になり易い性質を持つてゐるが、入學當時は錢湯へ行くのにも學校の制帽を被り、袴をつけた。そんな私の姿が往來の窓硝子にでも映ると、私は笑ひながらそれへ輕く會釋をしたものである。
それなのに、學校はちつとも面白くなかつた。校舍は、まちの端れにあつて、しろいペンキで塗られ、すぐ裏は海峽に面したひらたい公園で、浪の音や松のざわめきが授業中でも聞えて來て、廊下も廣く教室の天井も高くて、私はすべてにいい感じを受けたのだが、そこにゐる教師たちは私をひどく迫害したのである。
私は入學式の日から、或る體操の教師にぶたれた。私が生意氣だといふのであつた。この教師は入學試驗のとき私
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