鳥渡笑つたといふので、文字通り弟を毆り倒した。けれども私は矢張り心配になつて、弟の頭に出來たいくつかの瘤へ不可飮《ふかいん》といふ藥をつけてやつた。
 私は姉たちには可愛がられた。いちばん上の姉は死に、次の姉は嫁ぎ、あとの二人の姉はそれぞれ違ふまちの女學校へ行つてゐた。私の村には汽車がなかつたので、三里ほど離れた汽車のあるまちと往き來するのに、夏は馬車、冬は橇、春の雪解けの頃や秋のみぞれの頃は歩くより他なかつたのである。姉たちは橇に醉ふので、冬やすみの時も歩いて歸つた。私はそのつどつど村端れの材木が積まれてあるところまで迎へに出たのである。日がとつぷり暮れても道は雪あかりで明るいのだ。やがて隣村の森のかげから姉たちの提燈《ちやうちん》がちらちら現れると、私は、おう、と大聲あげて兩手を振つた。
 上の姉の學校は下の姉の學校よりも小さいまちにあつたので、お土産も下の姉のそれに較べていつも貧しげだつた。いつか上の姉が、なにもなくてえ、と顏を赤くして言ひつつ線香花火を五束《いつたば》六束《むたば》バスケツトから出して私に與へたが、私はそのとき胸をしめつけられる思ひがした。此の姉も亦きりやうがわ
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