こは私で、そのつぎに惡いのは次兄だ、と言つてゐるのを聞いた事があるので、次兄の不人氣もその容貌がもとであらうと思つてゐた。なんにも要らない、をとこ振りばかりでもよく生れたかつた、なあ治、と半分は私をからかふやうに呟いた次兄の冗談口を私は記憶してゐる。しかし私は次兄の顏をよくないと本心から感じたことが一度もないのだ。あたまも兄弟のうちではいい方《はう》だと信じてゐる。次兄は毎日のやうに酒を呑んで祖母と喧嘩した。私はそのたんびひそかに祖母を憎んだ。
 末の兄と私とはお互ひに反目してゐた。私は色々な祕密を此の兄に握られてゐたので、いつもけむつたかつた。それに、末の兄と私の弟とは、顏のつくりが似て皆から美しいとほめられてゐたし、私は此のふたりに上下から壓迫されるやうな氣がしてたまらなかつたのである。その兄が東京の中學に行つて、私はやうやくほつとした。弟は、末子で優しい顏をしてゐたから父にも母にも愛された。私は絶えず弟を嫉妬してゐて、ときどきなぐつては母に叱られ、母をうらんだ。私が十《とを》か十一のころのことと思ふ。私のシヤツや襦袢の縫目へ胡麻をふり撒いたやうにしらみがたかつた時など、弟がそれを
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